Masakazu Yoshida

なんとか記念館=蝉の抜け殻

2015-04-25 11:00

偉大な業績を残した人を顕彰するために、なんとか記念館というものが建設される。膨大な資料が収集され、分類され、収蔵庫に保管される。そして、学芸員が、その人の生きた年月をストリー化し、その解釈にしたがって収蔵品を再構成して展示がつくられる。

なんとか記念館の展示物は、いわば蝉の抜け殻のようなものだ。抜け殻は抜け殻であって、それ以上でも、それ以下でもない。たとえば、博物学者がどんな机で仕事をしていようが、その人の業績とは直接関係がないだろう。エッセイストがどんなに汚い字で原稿を書いていようと、その人の作品とは全く関係がないにちがいない。まして、俳人がどんな庵で生活していたかは、その人の句の巧拙とは独立のはずだ。

展示に感動して見入っていた自分が恥ずかしくなったとき、つまり、肝心の中身の「蝉」はもうどこにもいないのだけれど、残ってる「抜け殻」をありがたがっていることが恥ずかしくなったとき、「自分の創作をがんばろう、まだやれることは色々あるはずだ」と呟くことにしている。